国境でイマジンを歌えば
早朝、フエからバスに乗り込み、とうとう俺はベトナムの国境へとやってきた。
いくつかある窓口にはすでに列が並び、みんな出国のスタンプを待っていた。
しかし俺はどうせどこかに連れていかれるだろうと諦めていたので、あらかじめ近くの警官に12日間オーバーステイしていると告げた。
すると原付の後ろに乗せられて、少し離れた建物の中へとぶちこまれた。
そこには同じくオーバーステイでぶちこまれたオーストリア人のピーターというタイル職人がいた。
彼はたった1日のオーバーステイだったので、50万ドン(2500円)の罰金を支払い、自分のパスポートが返ってくるのを待っていた。
「1日で2500円」というのを俺はふーんと聞いていたが単純計算ですでに頭の電卓から単三電池が二本飛んでいった。
しばらくして俺に1枚の大きな紙が渡された。
『イクゾウ コバヤシ。お前の罰金は200万ドン(1万円)だ。今ここにサインして支払わなければこのまま刑務所へ連れて行く。お前本当に6000円しか持っていないのか?』
「600円」
隣でピーターの呼吸が止まった。
そして警官達は一時的に英語を忘れてしまったのか、互いを見つめあっている。
しばらく続いた沈黙の中、タイル職人のピーターが警官には見えないように机の下からiPhoneの画面を俺に向けた。
そこには俺が使っているギターのメーカー[ヘッドウェイ]のホームページが表示されていた。
ピーターは人差し指をちょんちょんと触り、ギターの値段を拡大させて小さなウインクをした。
俺にはその理由が分かったけれど、それはできないよと無言で首を振った。
しかし、ピーターのそのアイデアは俺を救った。
警官達は沈黙の後、俺を刑務所へ連れて行く段取りをしていた。
そこで最後の頼み綱として、もしこれが売れるならとiPadを警官に差し出してみた。
このiPadは1年半前に日本で買った正規のものだ。
「これ今でも1万円くらいの価値あると思う。どうよ。」
すると職を忘れた警官達が俺のiPadを楽しそうにスクロールしはじめた。
しかも大量のワッツアップ画像を爆笑しながら見ている。
「おいおいこれはどこの国だ?この子かわいいな!おいなんだお前歌ってここまで来たのか!!お前スゲーな!!」
さっきまでの張り詰めた空気は一転し、1曲頼むと警官に言われた俺は取調室の中でギターを弾きながらイマジンを歌っていた。
すると警官の1人が俺に「これを売るならお前はここを出れるけれど、家族や友達と連絡がとれなくなるだろう」と言い、俺にiPadを返してきた。
じゃあどうすれば...という顔した俺にその警官は言った。
「もう行け、俺が払ってやるから。早く歌ってこい。」
出国。
警官達とピーターにお礼を言い、俺は7度目のラオスへとそのまま入国できた。
この時点でシンガポールからベトナムまでの陸路が全て繋がった。(カンボジアはビザが高い関係で圏外)
バスや電車の最安とか駅の場所なんてもう人に聞く必要ないし、メシと海は匂いでわかる。
俺はたぶん現地価格でアジアをまわれるようになったと思う。
そして国境をくぐったこの道を数百キロ行けば、首都ビエンチャンへと辿り着くはずだ。
国境の50メートル先。
あの警官が見たらウケるかなと思ってやったら3曲で5000円も稼げた。
確かにこんな国境の目の前でさっきまで警官に何度もお辞儀してたやつがタバコ一本吸ってからこっち向いて歌いはじてきたら気になって人集まるよな。
ほんで「アリガト!!」なんて言われたらまた聴きたいからお金入れちゃうよね。
般若が言ってたこれが言葉の大麻ってやつかな。違うな。
そしてやってきたバスに緊急のため強引に乗せてもらい、朝4時にビエンチャンへと着いて行きつけの宿でこれを書いている。
そう、俺はあの時この子のために歌った。
それとなんとかバス代を稼がないと町なのか道なのか分からんこんな国境の田舎町で俺に何ができる。
だから俺は木陰でひっそりとバスを待つ現地民と観光客のちゃぶ台をひっくり返して3弦が5弦だけど歌ったのだ。
こういった場で稼ぎ目的で路上するのは人としてイエローカードだと思うけれど、それでもバチンバチン入るお金は本当に嬉しかった。
そして無事にバスへと乗せてくれたみなさんにアリガト!!
あーはらへったなー
5000キープ(60円)
オーバーステイ問題はこれにて一件落着。