ヤドカリ
小学校4年生の時、事前にエントリーしていたわんぱく相撲の会場を間違えてしまったことがある。
あの日、沼津の海で地引網をしていた俺はヤドカリに小指を挟まれ、ふてくさって一人で電車に乗ってしまった。
そしてやってきた富士宮北高等学校。
しかしトーナメント表に俺の名前は無く、唐辛子みたいな顔して泣いてる俺に係りの高校生が優しく地図を書いてくれた。
俺がエントリーしていた会場は大渕にある富士総合運動公園だった。
絶対に間に合わないと言われたけれど、一銭もない俺は10キロもある山道を全速力で走り友達が待つ会場を目指した。
そしてあの時もそう、俺は人に助けられた。
汗だくになって走る俺の後ろから突然「おーい、どこいくのー?」と、自転車に乗ったお兄さんが声をかけてきた。
すでに地図はふやけて見えなくなっていた。
そこでお兄さんに事情を話すと「よっしゃ!後ろん乗んな!」と荷台に俺を乗せてくれた。
それでも時間は刻々と迫っていて、何かのトラブルがない限り俺の初戦はとっくに終わっていた。
するとそのお兄さんはペダルを漕ぐ足を止め「ごめん、俺は仕事だからこれ以上は行けない」と言い、俺の手に千円札を二枚握らせた。
訳も分からず自転車から降りると、そこはタクシー乗り場だった。
「お前負けんなよ〜じゃあな〜」
あれから13年。
俺は相変わらず手のかかるクソガキのままだ。
あの時名前を聞きそびれたお兄さんの胸ポケットに刺繍された会社名をタウンページで調べて、でも恥ずかしいから母親に電話をかけてもらったことを今でも覚えている。
石井さん、本当にありがとうございました。
試合はすでに終わっていたけれど、初戦の相手がぶっちぎりで優勝したそうなのでヤドカリにも感謝です。
バンコクを脱出した俺は、また人に助けられプーケットへとやってきた。
大好きなプーケット、そしていつも泊まる宿にチェックインした。
これからビーチ巡りでもしようとナオちゃんが言う。
でもその前に、ミュージシャンならギターはしっかりメンテナンスしなきゃダメだよと、俺のギターを隅々まで見てくれた。
弦の巻き方が完全に間違っていると教えてくれた。
それからボディの裏に空いた大きな穴の対処法も。
そして2時間かけたメンテナンスを終え、俺のギターは別格に生まれ変わった。
腕を一振り、綺麗に揃った音が耳の奥で溶けるように響く。
「お、このギターまだ生きてるねぇ」ナオちゃんがボソッと言った。
生まれ変わったこいつとなら、アフリカでも無人島でもどこにでも行ける気がする。
そんなこと本気で考えている俺は、やっぱりクソガキのままでいいや。
ナオちゃん、しばらく宜しくごめんなさい。
東南アジア最後の冒険[フルムーンパーティー]まであと5日。