「男の決断は3秒」
昨日の夜、同じ宿の旅人達が楽しそうにみんなでご飯を食べていた。
俺は気づかれないよう黙って通り過ぎた、金がない、ただそれだけの話だ。
こうした気持ちが余計な意地を日に日に大きくしていったのかもしれないと、今はそう思う。
とうとう400円の宿代も払えなくなり、ギターを持って宿を出た。
もし今日も稼げなければ、宿に置かしてもらっている荷物を担いで野宿確定だ。
昨日は2切れのクリームパンしか食べていないけれど「そろそろ弦も切れるだろう」という焦りがまだ体を動かしてくれた。
しかし強い陽射しが水分を燃やし、手の先から徐々に感覚がなくなるとやがて頬が痺れて目が落ちてくる。
口の中は唾液が乾いて舌の動きが止まり、野良犬のような荒い呼吸が余計に体力を奪う。
それでもやっと入ったお金で水を買い、バスに乗って夕方頃カオサンへと戻ってきた。
街中での路上を完全に諦め、すでにツーリストで溢れたカオサンロードを歩く。
そこに、ギターを背負った1人の日本人が声をかけてきた。
喧しい騒音から離れてしばらく話していると、「これは僕のお守りだよ」と、黒いマジックで何か書かれた一枚のピックを見せてくれた。
【漂流 金丸文武】
俺はただ驚いた。クセのある懐かしいこの筆跡は間違いなく金丸さんのサインだ。
以前、金丸さんのライブへ行って書いてもらった大切なものだよと話すナオさんもまた、ギター1本で世界をまわるバスカーであり、俺の状況を自分のことのように心配してくれた。
「いくぞう君、とりあえずお金の心配はもういいからさ、今夜はみんなで飲もうよ。」
「い、いやそれは....」と、つまらない意地を張ってみたが、ナオさんは優しい笑顔で言った。
「いくぞう君にはいくぞう君の考えがあると思うけれど、まあいいや、ここにいても稼げないから一緒に台湾行こうよ。とりあえずお金はいいから、はい!飲み行こー!」
今会ったばかりのナオさんが、台湾へ一緒に行こうよと誘ってくれた。
「お金は全部台湾で返してくれればいいからさ」と。
こんなこと、ありなんかな。
しばらくタバコを口につけたまま難しい顔をする俺に、これが最後だというような表情でナオさんが立ち上がった。
「男の決断は3秒。行くの?行かないの?」
ナオさん、本当にありがとうございます。
そして宿で出会ったみなさん、また必ずどこかで会いましょう。
カオサン最後の日に最高の思い出ができてよかった。
さあ、腐ったジーパンを捨てた俺はすでにハイオク満タンだ。
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つまり、死に方用意。